浅田次郎『月島慕情』

実家に帰省した折に父が貸して呉れて、以来一年ばかり放置していた一冊。
読み始めるまでがものすごく億劫で、でも読み始めてしまえばざーっと進んでしまう。風呂のような本(または作家?)である。短篇集ということ、時代物ではないということで、俺にとってのハードルも低くありがたかった。
泣ける。涙を流しはしなかったものの「ああ…これは…だめだろ…ずるいだろこれは…」というシーン、シチュエーション、シークエンス、そして科白の嵐。「いかんともしがたいこと」に身をさらされながら、必ずしも抗うでもなく、矜持をもって生きる人々の姿は、切なかったり、元気を呉れたりである。
短篇のそれぞれには共通性があるようでいて、本当に色んな人が登場する。時代も性別も立場も違う、主人公と周辺の人々。よくもまあこうころころと様々な角度から、説得力のある物語が書けるものだなあ、と。作家の人生経験、読書経験、テクニック…あとなんだろう。浅田作品はたぶんこれからもぽつぽつと読むことになるので、考えながら読んでみよう。
基本的にハラハラするのが(小説だろうが現実だろうが)大嫌いな俺のような人間でも安心して読める一冊。とはいえ読後に関して言えば、じんわりした余韻だけが残るほかは、後味さっぱり主張は何も残らない。そういう意味で、読まずにいられないことはないのだが、描写の達者さなどは勉強にはなる。
「インセクト」だけは若干のグロ描写に注意。

月島慕情

月島慕情