幸田文『台所のおと』

講談社文庫。ずっと気になっていた幸田文、短編集を半年ほど前に衝動買いし、このほど読了。
視点の変化や緩急や、仮名遣い、言葉遣い、描写の距離感、すべてがほどよく快い読み心地。内容も筆致も重すぎず軽すぎず、ちょうどいい感じだった。観察眼の活かしどころが素敵。抑制をきかせた中での縦横無尽さ。また読みたい。
小説に付箋を貼るのもどうよと思いつつ貼ってしまった箇所を引用。

 さんざ肉屋を吟味した上でロースを二十匁買った。二十匁はフライパンのなかで、ちーちゅーと焼けた。さしみは一人前を買わなかった。とろだ、中とろだと文句を云い云いお皿へ五きれ盛ってもらった。鳥はささみを二本買って揚げた。こめかみの骨の高低を動かして夫はたべた。ひたすらなたべかただった。たべるまえに、「ごはん何?」と訊くとき、楽しく幼い眼をしていた。たべてしまって、「ありがと、うまかった」と云うとき、満足で幼くなっていた。
(P146「食欲」)

台所のおと (講談社文庫)

台所のおと (講談社文庫)