腐ってやがるぜ、たぶん。

桃を買ったのを忘れていた。
これは早めに食べなければ。ちょうど腹もすけているし今まさに食べてしまおう、てんで、ひとりで切って食うのも面倒なので、皮をぺりぺりとむいた後にそのままかぶりついたところ、中央、種の付近がちょっと変色しており普段目にする感じと違ったので、ううん、これはもしかして腐っているのかなあ、と疑念を抱きつつ、結局のところ拭えず、やや果肉部を残し気味にしてごちそうさましてしまった。
思えば子供の頃から、腐った食物を見たことがなかった。元来あまり食事に頓着しない性分で料理にも全く興味がなかったのと、母がまあまあ過保護気味で例えば桃を含めた果物の類はきれいにむかれて切り分けられたものばかりを供され食していたということもあり、また母がそのへんの管理をきちんとしていたこともあり、冷蔵技術の進歩もあり、育ち盛りの俺と弟の二人より常に父(私+36歳)の方が食い盛りだったこともあり、食物が腐っている様を直視したことがなかった。たぶん、ほんとうに一度も。
しかし時折、母が冷蔵庫から取り出した肉野菜または料理等をすんすん嗅いで「ああ、ダメだ」とか「あめてる」とか言って、ときには一口食べてから、生ゴミに直行させてる姿を見たことがあった。そのときチラリと食材や料理を見たけれど自分には全くわからなかったし、たぶん食べてもわからなかったと思う。それをさながら白い粉をひと舐めする刑事か麻薬捜査官のような母。どうして母は、どうして大人はそういったことがわかるのだろうか。子供心に(大人になってからも暫く)不思議で仕方なかった。
ちょっと考えればなあに答えは簡単で、母は腐った食物を見たこと、あるいは嗅いだこと、あるいは食ったことがあるからだ。たったそれだけのことである。たったそれだけのことを、私は経験せずに大人になってしまった。なれてしまった。なんて怖い。もろ腐ってるところも見たことない、いわんや微妙な判定をや。知らずに痛い目みるのも怖いけれど、知らずに「腐ってるや」と決め付けて離れてしまうしまうことのほうが怖い。たぶん。
さいきん遅ればせながら、やっとなんとなくわかってきた。カレーの酸っぱさもこの程度までならまだいける、というあたりの勘所が。慎重かつ大胆に、お陰様で現在のところカレーは捨てずに済んでます。夏でも2日半は室温でいけた。