宮沢章夫『14歳の国』

遊園地再生事業団、舞台未見の戯曲。
「その場に不在の人に関して、周囲の人々や状況によって浮かび上がらせてゆく」という手法は、よくあるっちゃあるが非常に劇的だし、個人的に好き。まして、「人」ではなく「人々」について、個々というよりその総体について描こうとするときには、直接的に描くよりも効果的なのではないだろうか。
個々に明確な物語に結びつき得ないほど断片的な構成要素が、曖昧に重なり合うことで生成される物語。どうやって計算して積み上げていけばいいんだろう。緻密に、というよりも、トライアンドエラーだろうか。稽古を通して、かなあ。書きながら脳内稽古、とか可能なんだろうか。
自分自身、1996年の「14歳の国」は、まだなんとかその肌感覚とともに思い出せる。が、2011年の「14歳の国」は、どうなっているだろう?とても遠く感じるが、もしかしたらそうでもないのかもしれない。
巻末の上演記録を見たらば温水洋一が出てた。ぬっくんの舞台観たいなー。