マフラーしまい髪+ing

季節の変わり目みなさんいかがお過ごしでしょうか。風邪など引かれませんようご注意ご自愛くださいませ。札幌は10月に入って、ストーブつけちゃうの?つけちゃわないの?つけちゃうの?って感じの逡巡が各家庭にあったようですが、我が家はあっさりつけちゃいましたよ!今年は灯油が安いぞ!ほーら焚け焚け!ぼんぼん焚け!
室内でそんだけ寒いんだから外なんか言わずもがなでございまして、防寒対策はもはや必須の装いです。インナー然り、アウター然り、そうそう小物の活用もお忘れなく。首にひと巻きするだけで歴然とあったかいのはご存じでしょう?
はい、マフラーしまい髪の話です。
毎年毎年毎年毎年毎年毎年毎年毎年申し上げているように、私は女性の髪がマフラーの中にたくしこまれている状態を愛しております。
今年の札幌、夏はがっつり暑かったもののお盆過ぎからぐっと涼しく、お彼岸も過ぎるとだいぶ肌寒くなっておりまして、いやあこいつはマフラーしまい髪の当たり年ですかな?ウホッ?と楽しみにしておったのですが、なんということでしょう、9月どころか10月に入ってもまったくマフラーしまい髪が初観測されないではありませんか!
私は焦りました。ひどく焦りました。「ファッション界では今日流行ったものも明日には消える」とハイジ・クラムが言うように、もしかするとマフラーしまい髪はまったく時代遅れになってしまったのかもしれない。パリでもロンドンでもニューヨークでも、どこのランウェイでもマフラーに髪はしまわれなくなってしまったのでしょうか。流行は繰り返すとはいえ、次のリバイバルまで待たなければいけないなんてむごすぎる。むごすぎるよファッション界。おしゃれ地獄かよ。
絶望の淵にいた私に再び光をもたらしてくれたのは、天から降り注ぐ、あろうことか光とは真逆の存在でした。2015年10月8日。札幌にしては珍しく台風(正確には温帯低気圧に変わっていたのですが)がやって来た夜のことです。この日、私は「マフラーしまい髪」を今シーズン初観測いたしました。
しかもそれだけではありません。ずたずたな心を引きずりながら待った甲斐があったというもの。私は初めての経験をしました。マフラーしまい髪がつくられる瞬間に立ち会うことができたのです。
それは職場からの帰り道、自宅最寄りの地下鉄駅から地上へ出る上りエスカレーターでした。前方には女性二人組が並び立ち談笑中。二人はどちらもマフラーをしていません。「ああ、またか…」落胆をそっと胸の奥に押し殺そうとしたその瞬間でした。二人組の片方、ロングヘアの女性が、私の目の前で、手に隠し持っていたマフラーを。マフラーをロングヘアの上から





のです!


なんということでしょう!


台風の夜です。エスカレーターを上りきれば、外はおそらく暴風雨。女性はおそらくそれを見越してマフラーを巻いたのだと思います。私は天に感謝しました。文字通り天に。なお、聡明なるソウルメイトのポールさん(@door13)が所長を務める「マフラーしまい髪研究所」の分類によれば「はみだしまい」でした。
思えば、こんだけ長いことマフラーしまい髪をああでもないこうでもない結局どうあっても素晴らしいと書き殴り続けてきましたが、現在進行形のマフラーしまい髪を目撃したのは初めてでした。「こういうふうになっているのか…」と感じた私はひょっとすると無邪気な少年かクソガキのようだったかもしれません。「すげえもんをみた」と思いました。ああ、現在進行形というジャンルがあったとは盲点でした。表記はどうするのがよいでしょう。「マフラーしまい髪ng」なのか「マフラーしまいng髪」なのか。慎重な検討が必要です。
ところが次の瞬間、私は奈落の底に突き落とされました。「はみだしまい」の中に手を突っ込んだ女性は、それはもう流れるような所作でご自慢のロングヘアをマフラーの外に出したのです。Oh My God. Lux Super Rich. マフラーしまい髪は私の目の前で、あっさりと、あたかも夢か幻のように消えてしまったのでした。
なんということでしょう。私はマフラーしまい髪がつくられる瞬間にも、そして失われる瞬間にも立ち会ってしまったのです。私は一気に少年から大人になりました。大人の階段って上りエスカレーターのことだったんだと思いました。ぎゅっと手すりにつかまって、歩くのはやめて。
マフラーを巻いたロングヘアの女性は夜の闇に消えていき、その行方は誰も知りません。私は風が強すぎて傘も差せませんでした。駅から家まで走って帰ってしまったのは、強い追い風のためだけではなかったのかもしれません。