辺見庸『ゆで卵』

角川文庫。冬、紀伊國屋書店札幌本店の「ほんのまくら」で購入。冒頭はこちら。

夜、ゆで卵を食っている。ポクポクと食っている。
(「ゆで卵」P9)

で、この表題作だけが長めで、あとは短いのがいくつも続く、食べものタイトルだけで編まれた短篇集。
井上陽水だったっけ、ものを食べることと性的なことがらのことを「粘膜系」として総称していたのは。どちらもあまりおおっぴらにするもんではない、プライベートな部分としての、粘膜系。で、食べものをモチーフにしてりゃあ、当然こうなるよという1冊。ちょっと不思議で、突拍子もなくて、それでも他人事には思えなくなる、身体感覚を伴う読後感を残すちからが、粘膜系モチーフにはあるのかもしれない。ふだんはたぶん見ないようにしている部分をえぐられて、快か不快かといえば、まあそれは。

いったん麻薬みたいに骨の髄まで侵した空洞の言葉たちは、逆立ちしようが、性転換手術を受けようが、いっかな体からきれいには抜けてはくれない。彼らにとっても、俺にとっても、だ。
(「ゆで卵」P77-78)

くずきりを、こしらえろよ。
(「くずきり」P92)

ゆで卵 (角川文庫)

ゆで卵 (角川文庫)