日記を書くには黙ることかもしれない

持ち帰り仕事もなくフル休日だった日曜日。ためしにTwitterに一切ツイートせずに(タイムラインはときどき見てたけど)過ごしていたら、取るに足らない日々の出来事とかなにを食ったなにを飲んだうまかったとか雑感だとか駄洒落だとか、ふだんならツイートしてるだろう言葉がいくつも湧いてくるのにやり場がなくて、ものによってはロディアにメモしたりケータイでメモしたり、不思議な、とはいえ、フラストレーションがたまるわけでもなく、わるくなかったのである。
私個人的には、原則どちらかといえば普段からツイートをすることでアウトプットの総量は上がると考えている派である。ツイートをすることで乗ることもあるし、ツイートしないことで取りこぼしている記述もあるはずだ。が、しかし、なにか書きたいぞ、書かねばならぬぞというときに、ツイートの栓をキュッとしめるのは、ひとつのオプションとしてはアリだと思った。書きものをブーストさせたいときのいち手段として。
同時に、いかに自分がどうでもいいことばかりをツイートしているかがよくわかった。偉そうなことをいわず、自然と言葉を漏らしながら働いて暮らして生きていきたいものですね。

土曜の夜は帰宅が深夜だったがその時点では雪はさほど降っても積もってもいなくて、なのに日曜は朝起きたら積もり方がうわちゃーって感じで、コーヒーをいれて前日に買ったおやつを食べて雪かきをして(寒かったから雪は軽かった)、車を出して回転寿司で少量をゆっくり食べ会計もお手頃、買い物をすませて書店で文房具と雑誌を本をしばし見て回り、どきどきし、帰宅してトイレ洗面所風呂掃除をすませてシャワーを浴びて、日中からハートランドを1本あけて、日中だからスナック菓子も食べちゃって、野球を観て、ごはんをたべて酒を飲んで風呂に入って、ひとりビートルズのアーカイブを途中まで観て寝た。いい日だった。
きょうは寒い。指先が痺れている。