鴨長明『方丈記』

青空文庫。三大随筆のひとつを、そういえば読んだことないわと思い立ち。教科書にそれなりに載っていた枕草子徒然草と違って、方丈記って著者名と冒頭文以外を国語の時間に習った記憶がないのだけど、俺の気のせいかしら。
学生時代、古文がとても苦手だった(漢文はそうでもなかったのに)。おそらく現代文のニュアンスを引きずったままでわわわーって読んじゃって、意味を取り違えたまま自己解釈で辻褄合わせようとしてドツボ、みたいなことだったのだと自分では思っている。で、このたびは予めネットで検索して現代語訳や背景をざっと眺めたあとに、原文をAndroidアプリでざくざくと読んでみた。これがなかなかよかった。細部の不明点は潔くすっ飛ばしながら、ことばの流れを味わうことに或るていど専念できたように思う。意外と短いし。このやりかた、これからも採用してみよう。

すべて世の人の、すみかを作るならひ、かならずしも身のためにはせず。或は妻子眷屬のために作り、或は親昵朋友のために作る。或は主君、師匠および財寶、馬牛のためにさへこれをつくる。我今、身のためにむすべり、人のために作らず。

ぐっと来たのは(≒きちんとわかったのは)このあたり。この箇所に限らず、全体を通じて「昨今の不動産事情」みたいなことだと方丈記を理解しているのだけれど、よろしいのであろうか。

もし人このいへることをうたがはゞ、魚と鳥との分野を見よ。魚は水に飽かず、魚にあらざればその心をいかでか知らむ。鳥は林をねがふ、鳥にあらざればその心をしらず。閑居の氣味もまたかくの如し。住まずしてたれかさとらむ。

ああだこうだと述べ立てたオチが「俺は実際にやってるんだから、実際にやってないお前らにはわからなくて当たり前」ってひどいなと思わなくもないが、なんでもまずはやってみようか、と妙な背中の押され方もしてみたり。カモカモー。


方丈記(青空文庫)