筒井康隆『笑うな』

新潮文庫ショートショート集。筒井康隆の本を一冊通読したのは初かもしれない、記憶が定かではない。
ショートショートといえば星新一」で中高時代を育った身としては、切れ味鋭くというより鈍器でぶったたかれるような作品群に消化不良を感じつつ、これはこれで味わい深しとも感じつつ。爽快感はないが、じわじわ面白い。さらりと読みすぎたかもしれない。それにしても一篇ごとに変幻自在。天衣無縫だなー、という印象。
いちばん面白かったのは「産気」。千代の富士が重い相手を無理やり投げ飛ばして勝ったんだけど脱臼、みたいな作品だった。
なんでもないような描写がかっこいいなと思ったのはここ。さらりと軽くない読み触り。

ミネラル・グレーの空に、はてしなくひろがった濃淡のだんだら模様。一日のほとんどは、雲が頭上をおおっていた。どす黒い雲だった。無気味に静まり返った地上に影を落し、雲はゆっくりと南へ向かっていた。太陽は、一日のうち、ほんの少し、雲の間から二、三条の光を土の上に投げかけるだけであった。それさえ、この低い谷間には、めったに注がれることがなかったのである。
(「廃墟」)

笑うな (新潮文庫)

笑うな (新潮文庫)