ブラック・ジョー

いつものように幸福な気持ちに包まれながら仕事を終え、住処のアパートに帰還した先日のこと。階段をのぼってゆくと、階段の手摺り、自室の階下の部屋(現在空室)前のあたりに、怪しげな黒い錠がかけられていた。

「かけられていた」とは言ったものの、特に何をロックしているでもなく、特定の人間しか外せないよう階段の手摺りに固定されているだけの4桁ダイアルロック。ただの錠にしては異様な大きさで、なんだかよくわからんゴム製カバーが一部とりつけられている。
「これは爆発するかもしれない。」咄嗟、そう発想した。なんせでかい。そして黒い。ブラックボックスとはまこと言い得て妙である。そのうえ錠。さらにゴム製カバー。さらにさらに、何をロックしているわけでもないダイアルロック。怪しすぎる。堅牢なその箱の中には、きっと何かが格納・隠蔽されているに違いないのである。例えば、爆弾とか。
いやいやいやいや小学生じゃあるまいし。と(つい最近、ノーベル賞を受賞する小学生のような夢を見たおれとしては)思ったが、完璧に否定する根拠は見当たらない。それにおれは、夫である。妻を、家族(=妻)を守らなければならないのである。ひとりではないのである。わたしだけのからだじゃないんだから!である(違う)。
階段を早足でのぼりきったおれは、すぐに妻に相談した。「なんかさ、なんか怪しい黒い錠が、錠?箱が下の階段の手摺りにくくりつけられているんだが心当たりはあるか?」と。ちょっと要を得なかったので再度部屋を出て階段を下り、写真を撮って見せた(それが上の写真)。
夫「これ。」
妻「見たことあるよ」
夫「え?いつ?どこで?」
妻「ここに入居する前、部屋を見に来たときに」
夫「おぼえてない…。で、なにかわかる?」
妻「さあ…」
ますます謎は深まるばかり。住み始める前にはあったということはわかった。おそらくその間、爆発はしていないだろう。しかしその後、一度外され、再び取り付けられているのである。なんなんだこれは。
夜も遅かったので、翌日に管理会社に問い合わせようと思い、その日はもやもやを抱えたまま就寝。五体満足で起床・出勤できたのは本当に幸運だった。で、管理会社に上の写真を添付してメールを…と思って見直した。で、そこに書かれた「TLH-5」という文字に気づき、一縷の望みをかけてグーグル先生に尋ねてみた。
ら、あった

鍵を保管する南京錠型のキーボックスです。
本体背面には、傷防止ゴムが付いています。堅牢なボディー。
ダイヤル部は、ゴムカバー付きで取り外すことも可能です。


まさか鍵の中に鍵とは…!


きっと管理会社が利便性のために階下の空室の鍵を入れているのだろう、と合点して一安心。よかったよかった…いや、まて、しかしである。このダイアルロックを開ける術をおれは知らない。つまり中になにが入っているのかは、実のところはわからない。なによりその漆黒の躯体が、南京錠というハードなモチーフが、部屋を出るたび、帰宅するたびに、おれに不安を与え続ける。「オイラ、いつ爆発してもおかしくないぜ。」キーボックスだとわかりやすい外観もセキュリティ上NGだろうけど、なにもそんな怪しい外観じゃなくてもいいじゃないか。かえって目立ってるぜよ、ジョー