小泉武夫『キムチの誘惑』

食に頓着がなさ過ぎて、まったく困ったものである。うまいものが嫌いなわけじゃない。ただし、だいたいのものがうまい。。「うまいものを探してどこかへ行こう!」というモチベーションも、元来あまりない。食べものに飽きるということも全然ない。これはまことしあわせなことであるし、自分でも自分のこのような性向を気に入ってもいるが、ライターという仕事柄それだけではいかんかなと思い近頃は意識して興味を持とうと思ってはいる。けれど、元来を言えば、とぼしい。
さて、日経新聞「食あれば楽あり」でおなじみ、コピリンコ小泉先生の著書である。副題は「神秘の発酵食をめぐる韓国快食紀行」。紀行ということで、韓国の市場やらなんやらを訪れた写真が多数載っているのだが、その笑顔、笑顔、笑顔たるや、その笑顔っぷりだけでこっちの腹が鳴りそうな満面の。まさに舌躍頬落なたたずまいである。「つまみ食いはうまいですなあ」など、ほのぼのキャプションも冴えている。
もちろん小泉先生であるので、キムチの「発酵食品であることと、その素晴らしさ」を強く語る。ただしそれだけでなく、キムチの歴史や製法、特長、日本における受容などもまとまっている。言ってることが何度か重複しているのだけがまどろっこしいが、読みやすくわかりやすくキムチについての知識を得ることができた。いま日本で最も食べられてる漬物がキムチだなんて知らなかったよ。
本書のところどころで、小泉先生は怒っている。嘆いてもいる。日本で売られているキムチの多くの似非っぷり(発酵を経ない)、日本で昔ながらの漬物が食べられていないこと、韓国の家庭(都市部)でもキムチ離れが進んでいたり、伝統的なキムチの材料を伝統的手法でつくる農家が減っている(中国からの輸入に押されまくっていて、後継ぎもいないなど)など。このへん、決して明るい話ではない。
しかしながら本書を圧倒的な勢いで覆っているムードは、「キムチってうめぇぇぇぇ!」という小泉先生のポジティブな感動。それがすごい。それが素なのか計算なのかわからないが、読んでいて「キムチって、そして古来より伝わる発酵食品って、素晴らしいものなのだねぇ。だいいち、うまいし!」と、素直に思うことができるのである。巻末のレシピ集はまさに「食あれば楽あり」なペース爆発。増す空腹とともに、読了。
今回、仕事上の必要から資料として読んだのだけれど、こういう機会がなければなかなか手に取りはしないので、良い縁だった。小泉先生の筆致は独特すぎて(造語も多いし)そのままマネはできないけれど、食の描写に関する勉強としてその姿勢はぜひとも参考にしたいと思った。前に「ほぼ日」で読んだ 「料理写真は『おいしそー』って思いながら撮るとおいしそうに撮れる」という話にも通じるものがあるな。ベースとなる知識・見聞はもちろん必要だろうけれど、それ以前のプリミティブな衝動と欲求。そしてそれが、生命と文化の根っこに通じているんよ、っちゅうような。池波正太郎のエッセイにでも手を出せばよいのかしら。

キムチの誘惑 神秘の発酵食をめぐる韓国快食紀行

キムチの誘惑 神秘の発酵食をめぐる韓国快食紀行